松濤館流という流派の空手道場に、キューリくんと私で見学に行く。
こちらの道場は小学生未満の部と小学生の部を分けていたので、難しくてついていけない、ということにはならないだろう、というところも安心要因であった。
大柄なメガネをかけた人の良さそうな先生が稽古場に立ち「みんな、はじめるよ」と優しくもなく、かといって怖い感じのしない誘い方でキューリくんにも声を掛ける。
ところがキューリくんは極真道場での体験がまだ記憶に残っているようで、体をこわばらせて私の後ろに隠れてしまった。
先生はそういうのは慣れっこのようで「やりたくなったら来いよ」と言葉を残し、小学生未満の部の稽古は始まった。
松濤館流というのは、私が習っていた糸東流のように実際に打撃するのではなく、寸止めで行う流派である。
前日の極真道場の見学の様子から、キューリくんには寸止め系が合っているように思えたので、比較させるためにも松濤館の道場見学にキューリくんを誘ったのだ。
けれど大きな声を出すところは流派関係なく空手共通で、やはりこの道場の先生も子どもたちも大きな声を出している。
大声を出すことが日常にはあまりなかったのか、私の後ろで耳をふさいでいるキューリくん。
稽古の合間に先生がもう一度キューリくんを誘いに来る。
「おい、やってみろよ」口が多少汚くも感じたが、とにかく先生のやり方でキューリくんを仲間に受け入れようとしてくださっているように思えた。
それなのに先生とキューリくんの間に無音が嫌な感じで流れる。
そうだ、私がなんとかしなきゃならん。
「キューリくん、お母さんね、空手やってたことあるんだよね。だからお母さんも手伝うから、キューリくん少し稽古に出てみたら?」
キューリくんは自分のお母さんが空手をやっていたことがあるのが意外だったようで、大きな目で私を見つめた。
「どうぞどうぞ、お母さんも是非一緒に参加してください」
こうしてキューリくんと私は稽古に参加することとなった。とは言っても、走るだとか縄跳びをするといった、空手をやっていなくてもできそうな部分のみの参加ではあったのだけれど。
稽古が終わり、先生には検討してからまた連絡するという旨を伝えて道場を後にする。
道場からの帰り道、キューリくんと私は手を繋ぎながら駅に向かって歩く。
「今日の空手はどうだった?キューリくんやりたい?」
「うん、やりたい!」
キューリくんは私の手をぎゅっと握りながら、即答してきた。
「ほんとにやりたい?」
「やりたい!」
キューリくんの意思が伝わる、力強い返答だった。
私はうれしくてキューリくんの手を握り返し、二人して家路を急いだのだった。