幼児の部の稽古に出てから小学生の部の稽古に出るという日々が続いた。
そして幼児の部と小学生の部の間には少し時間があったので、それを利用して何か軽いものを食べるようにした。
キューリくんの場合、近くのパン屋さんで買った少し小ぶりのパンを2つ食べる、というのが決まり事のようになる。
ある日いつものように休み時間にパンを食べようと用意すると。
「あっこれ美味しそう!」
おやつを食べる子どもたちの輪の中に突然宇佐美くんが現れて、キューリくんのパンを奪おうとする。
瞬間私は宇佐美くんの手を軽く払ったので取られることはなかったけれど、宇佐美くんもまた幼児の部から小学生の部に出る子なのでお腹が空いていたのだろう。
宇佐美くんは親から何も彼に持たせている風ではなく、いつも物欲しそうにおやつ組の所へ来てはウロウロとしていた。
特に自分より年下であるキューリくんのおやつなら奪ってもいいと考えているのか、「2つあるなら1つくれればいいじゃないか」という趣旨の文句を垂れてその場を悔しそうに去っていくのである。
宇佐美くんがおやつを持ってこないのはおかあさまの方針なのかもしれないし、それに私は正直宇佐美くんのことをよく思っていなかったので、パンを与えることは決してなかった。
さて稽古が始まる。稽古は多少保育園児のキューリくんを大目に見てはもらっていたけれど、練習メニューは基本的に小学生の皆と一緒である。
基本稽古から始まり、防具を着けての組手もあったし、園児には少しハードな内容である。
ところで気になることがあった。
ここの道場は松濤館流という流派の、寸止め(直接打撃を体に当てない)の方法なのだが、キューリくんと宇佐美くんの2人で向き合って練習する時、必ずといっていいほど宇佐美くんがキューリくんの体に直接打撃を与えているのである。
ただ長時間その2人でやりあっているわけではなく短時間で他の人と交代していく方法を採っているので、よく見ていないと分からないのだけれど、毎回キューリくんに打撃を与えているように私には明らかに見えた。
けれど真剣に稽古をしていれば、寸止めを心がけていたとしても当たってしまうことはあるだろう。
そのことは空手経験者の私にはあり得ることだろうと理解できたし、目をつぶっていた。また指導する先生も見ていらっしゃるだろうし、全ては先生を信じお任せしていた。
こうしてグングンとキューリくんは空手が上手くなっていき、それを見るたびに私も誇らしく思ったものだ。
ところがキューリくんは膝を痛がり、空手の稽古に出られないことが多くなってきた。
心配なので近所で評判のいい整形外科にかかることになったのだった。