キューリくん、今朝はコマをランドセルの中に乱暴に投げ入れると、すっかり用意は終わったようで、いつもの出掛ける時間を今か今かと待ちわびている様子。
学校ではコマで遊ぶことが許可されているので、家でもコマ学校でもコマ、ととにかくコマに夢中なのだ。
だけど本当はねキューリくん、ランドセルの中にはお弁当箱も入れなきゃならないし、プリントだって入れなきゃいけない、連絡帳に水筒だって入れなきゃだめじゃない。
こんな感じでだいぶ忘れ物が多い気がするけれど、それは学校が楽しくて仕方のない証拠だし、親がサポートすればどうにかなる問題だ。いや、問題にならないほど、小さなことでしかなかろう。
キューリくんはとにかく出来る限り学校へ早く登校したがる。学校に入れるのは朝の7時からだというのに、6時50分くらいに到着してフライング気味に校門をくぐることもしばしば。
私の携帯に校門通過のメールがくるたびに、まだ出社していない主人と顔を見合わせ苦笑する。これが最近の我が家だ。
でも時を少し戻してキューリくんが年中になったばかりの春のこと、当時は保育園に預けていたのだけれど、ある朝体をエビのように反って自転車に乗ることを拒否し、大声で「嫌だ嫌だ」と泣いたことがあった。
その時ようやく異変には気付いたけれど、毎朝保育園の送りは主人がやっていてくれたので、この日は男の力で嫌がるキューリくんを補助席に押し込め保育園まで送り届けた。ところが2日、3日と、キューリくんの嫌がるボリュームは日を増すごとに大きくなる。
「これは何かおかしい」
保育園を休ませた。
そこから半年間、キューリくんは登園拒否となったのだ。
まずは泣いている理由を教えてもらわなければいけない。私は当時鬱が酷かったのだけれど、さすがに泣いて怖がる息子を放っておくことはできず、寄り添いながら、努めてゆっくりと優しく語りかけた。
「どうしてキューリくんは保育園が嫌なの?」
「ゴウキくんやコタロウくんが、キューリくんにパンチやキックしてくるから」
「どこでそんなことされるの?」
「お庭のはじっこ」
「先生には言わないの?」
「先生に言ったら、ぶっ殺すって言われているから」
「キューリくん、殺されたくないよ」
そういうとキューリくんの目から大粒の涙がボロボロとこぼれてきた。恐怖に対する涙なのだろう。私はキューリくんを抱きしめた。
「お母さんは、キューリくんの味方だから」「そんなやつら絶対に許さないから」
二人で抱き合いながらしばらく泣いていたと思う。
五歳になりたてのキューリくんは、死におびえながら大人に相談することができず、一人悩んでいたのだろう。
そして私が健康であったのならば、もう少しはやく息子の異変に気付いてあげられたのではないか。
その頃私は大きな鬱の波に飲まれていて、キューリくんの心の叫びが聞こえないでいた。