キューリくんが入門した空手道場というのは、地元にある空手道場としては最大の規模なのではないだろうか。とても人数が多いように思えた。
その中でキューリくんは道場での稽古だけではなくて、家に帰れば空手経験者である私からの稽古も受けていた。つまり道場の他の子どもよりも沢山練習していたということになる。
だからどんどんと短期間で昇級審査に合格していき、キューリくんは同じ学年の中ではしっかりとした動きのできる子どもへと上達していった。
そうするとキューリくんが目立つのか、それまで話しかけてこなかったお母さまが私に声を掛けてくださるようになった。
その中に宇佐美くんのお母さまがいた。
宇佐美くんというのは、キューリくんの1つ上の年齢なのであるが、つまり当時年長であるが、幼児の部の中ではキラリと光っている存在であった。
幼児にしては動きがしっかりしていたし、だから宇佐美くんを目標に、いやそれ以上を目指して毎日稽古に精進させた。
もっともこれができたのは保育園を半年も休んでいて、やることなく暇を持て余していたという理由があるのだが。
「キューリくん空手上手なのね!」
宇佐美くんのお母さんは目の表情がくるくると変わる人であった。おしゃべりの好きそうなところがその目の動きから伝わってくる。
私は彼女のことを警戒していたのだけれど、狭い道場の中そうもいかない。ぽつりぽつりと言葉を交わすようになった。
一方で宇佐美くんに関しては引っかかっていることがあった。
この道場では稽古終わりに子どもたちはお菓子をもらえるのだけれど、稽古初日、泣いて殆ど稽古に参加できなかったキューリくんに対して「稽古も出てないくせに、お菓子もらいやがってよ」と先生には聞こえない程度の小さな声で吐き捨てるように言った子どもがいて、その子が宇佐美くんであったからだ。
でも、何でも口にしたがる子というのは幼児にはありがちか、と考え直して気にしないようにしていた。
キューリくんはその内幼児の部の稽古では物足りなくなり、小学生の部の稽古にも参加するようになる。
明らかに他の幼児よりも動きがしっかりしていたし、それはキューリくんが締める帯の色が証明もしていた。
宇佐美くんも小学生の部に参加しているようで、それが前例としてあるのでキューリくんもすんなりと参加させてもらえることになったのだ。
ただ小学生の部というのは途端に本格的になり、運動量も違ったし、防具をつけて稽古することもあるし、稽古を積んだもののみが参加できるものであることは確かだった。
ちなみに幼児の部から特別参加していたのは、当時はキューリくんと宇佐美くんの2人だけであった。