「お母さん、僕右手をハチに刺されて、全身ビリビリしてるんだけど大丈夫かな?」
とはまた始まったか昨日のキューリくん。
実は一昨日、学校の下駄箱に手を挟んだとかで、手が痛いを連呼しながらスイミングへ向かったキューリくん。
私は何度か骨を折った経験があるので、骨が折れているとしたら、そんな悠長な態度でいられるわけがないことを知っている。
でもあまりに痛いアピールをしてくるので「それじゃあ、一応練習には出て、痛くて我慢が出来なくなったら、プールからあがっておいで」
なんて甘々なことを言ってしまった。嫌な予感は的中。
これからバタフライの練習が始まるというタイミングで、キューリくんが先生に何やらゴニョゴニョ伝えているのが、プールサイドとはガラスで仕切られている控室からでも分かる。
あーあがってくんのかよ。
だから昨日、これに味を占めたのかハチに刺されてビリビリすれば、また水泳がサボれるとでも思ったのでしょう。でも私は言い放ったね。
「ハチに刺されて死ぬ場合、学校で刺されたとすると、もう沢山の時間が経っているから死んでてもおかしくないんだけど、キューリくん生きてるじゃん!大丈夫!」
バンバンとキューリくんの肩を強めに叩く。叩かれたキューリくんは反論のしようがなかったようで、案外素直に練習場へと消えていった。
そんな、水泳に対してやる気のないキューリくんなのだが、本日進級テストにおいて4階級も飛び級し、今練習している100メートルを四泳法で泳ぐクラスの上のクラス、つまりは200メートルを四泳法で泳ぐクラスへと上がる切符を手に入れたわけなのである。
しかしこれはあくまでも本人のやる気に掛かっているのであり、強制して無理矢理ねじ込むという方法をスクール側も取っていない。
100メートルなのか200メートルなのか。どちらが優しくてどちらが辛いクラスなのかというのは一目瞭然であり、当然キューリくんが一番理解してるのだろう。
「どうする?新しいクラスに申し込む?」
「うーん、でもなあ。もう少し今のクラスで練習してから行きたいかなあ」
「距離が違うというだけで、四泳法を泳ぐことには変わりはないんだよ?」
らちが明かないので受付の先生に相談する。すると先生がおっしゃるに、上のクラスを体験してから、入るのか否かが決められる制度があるというのだ。なるほど。
「キューリくん体験してみようか?」
「うん」
と力強い返答。
私が思うに、ようするにこの返答というのは、体験というのは深く責任を追及されるものではなくて、いつだってそこから逃げ出せるという無責任な立ち位置であるので、自信を持って強く返答してきたのではないか、ということである。
キューリくんのいやらしさがチラチラ垣間見えるという。手をハチに刺された類の、茶番のようにも聞こえなくもないが。
まあ、やってみるがいいのさ。