少し前にキューリくんと特急に乗ったのだけれど、乗り終わった特急券というのは、言わずもがな不要のものである。
ところが数日前「お母さん、あの券、僕にちょうだい」とお願いされたのだった。
「なんで?」
「学校で発表するからだよ」
なるほど、「いいよ」と私はキューリくんに特急券を手渡す。
なるほどいうのはこういうことだ。キューリくんのクラスでは帰りの会の時に、自分の好きなことや関心のあることならば何でも発表できるという時間を設けているらしいのだ。
その発表の場で、キューリくんは乗ったばかりの特急について発表したいのだという。ようするに小学校一年生によくある、『皆に自慢がしたい』という類のものなのだろう。
さて私がキューリくんに特急券を渡したその日の夕食の時「キューリくん、発表はどうだったの?」と聞いてみる。単純に特急券だけでどんな発表をかましたのか、興味があったのだ。
「あれ?まだ発表してないよ。タズネと一緒に発表することにしたから」「タズネが電車の新聞を書いてくるから、それで一緒に発表するんだ」
タズネくんというのはクラスの優等生で、キューリくんと同じ鉄道好きである。その彼と共同で発表するというのだ。
「それまで切符はどうするの?」
だらしないキューリくんなので、なくしてしまうのではないかと心配した。
「大丈夫。タズネに預かってもらっているから」「僕が持っていたらなくしちゃいそうで」
私は自分のだらしなさを一応理解しているキューリくんに感動したわけではない。このことは親にも先生にも酸っぱく言われていることだから気付いてないわけがないし。
私が驚いたのはタズネくんを信頼し、大事な宝物を託している、というキューリくんの心。
もしも取られたら…だとか、もしも返してくれなかったら…だとか、全く疑うことなく、タズネくんに委ねている。
夫婦関係にも似た「まさかタズネくんが裏切るわけがない」という、汚れのない絶対的な二人の関係性。もしかして二人の関係というのは、細く頼りない信頼関係でしか結びついていないのに。
100%、ううんそれ以上に信頼を置き、大事な宝を守っておいてもらう。
これはなかなか大人では抱きがたい感情なのだけれど、キューリくんにはそれができる。人を完全に信じるということ。
そして今日、発表は終わったのだけれど、切符はまだタズネくんが何故か持ったままらしい。
「なんで切符持って帰ってこなかったの?」宝物のはずでしょ?
「あー明日返してくれるって約束したからさ」
私には分からない、二人の関係性で成り立たせることのできる約束。