幼稚園に入園すると、あっという間にお友だちが沢山できた。
小さなトラブルはあったりしたけれどイジメに発展するようなことはなく、すっかり保育園のことを忘れてしまうくらい、充実した日々を送っていたように思う。
あれは確か、保育園を辞めて半年ほど経ったある日のことだった。
キューリくんと私は習い事の帰りでバスに乗って家に帰るところだった。
はやくお家に帰ってご飯を食べたいなーという場面だったように思う。
キューリくんは疲れてうつらうつらとしていた。
我々は始発から整列してバスに乗ったので、比較的自分たちの好きな場所を選べたのだった。
キューリくんが当時好んで座っていた一番後ろの席に腰を下ろす。
程よい混み具合でバスは出発した。
殆ど終点に近いバス停で降りるので、少し疲れているという理由からも、のんびりとした気持ちでバスに揺られていた。
バスがある停留所で停まった。降りる客ではなくて、客が乗り込んできた。どこかで見たことのある客だった。
名前は何だっけ。客はグングンと後ろの席へとやってくる。その若い女の客には小さな男の子がへばりつくように一緒に歩いてきた。
ああ、あの子だ。コタロウだ。
紛れもなくその親子は、キューリくんを登園拒否に追い込んだコタロウ親子だったのだ。
母親の方は確か、保育園の入り口でわざわざ待ち伏せのようなことをして、涙ながらに謝罪してきた、あの親子だった。
口も利きたくないない相手ではあったのだけれど、こちらの方角へ明らかに向かって歩いてくるので仕方なく声を掛ける。
「こんにちは、お久しぶりです」
相手は急に声を掛けられてびっくりしたのか、状況を飲み込めずにいた。
私はもう一度言う。
「こんにちは。キューリの母です。ご無沙汰しております」
数秒の沈黙が流れた後に「ああ」と低く返事をされた。
そしてその言葉にもならないうなりのような発声だけで、その後一言もこの女は話すことがなかった。
園の門でしおらしく私たちを待ち伏せし、そして涙ながらに謝罪してきた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
我々より前の席に座った彼女たちは、過去に何事もなかったかのように、平然と、無視するように二人掛けの席へドシンと座った。
コタロウがこちらを振り返り、何となく湿った視線を無遠慮に投げてくる。
そうして先に降りて行った彼女たちは、当然のように我々に一言も挨拶をすることなく、バスを後にしたのだった。
彼女の本性を見て、キューリくんを思い切って幼稚園に転園させたことは間違いではなかったのだと、我々両親の行動に間違いはなかったのだと、はっきり思えた瞬間だった。