「もういいよ!」
と主人の大声が玄関から聞こえてくる。
「もう出掛けないからいいよ!」
もう一度主人が大声を出す。
そしてプイっとしたのか、居間に入ってきた。
「どうしたの?」
「キューリくんがワガママばっかりいうから、出掛けるのやめたんだ」
あっそーなの?
今週キューリくんは8歳の誕生日を迎えるのだけれど、如何せん平日であり、ゆっくり祝ってあげることができない。
なので昨日は前倒しでまず第一弾、ケーキを食べようという話になったのだ。
そこでキューリくんも「自分でケーキを選びたい」となり、主人と2人して近所のケーキ屋さんへ出掛けるというはずだったのだが。
「絶対にキックボードで行く」
と聞かないのだ。
「お父さんは自転車でキューリくんはキックボードで行くの?」
「そうだよ。それなのにお父さんがダメだっていったんだよ」
「そりゃそうでしょうよ。速さが違うもん」
「大丈夫だよ。僕の(キックボード)はやいから」
とか何とかごちゃごちゃ言いながら、キューリくんは自分の部屋へこもる。
主人は何をしてるんだか分からないけれど、私がいる居間には姿を現さなかった。
静かな土曜午後のひと時が偶然の産物のように得られる。
それにしても私以外にあと2人、この家には存在するというのに声や音が聞こえてこない。いったいどうしたというのか。
しばらくすると階段をトントンと下りてくる音がしてきた。
居間から覗いてみるとキューリくんがしっかりヘルメットをかぶって出掛ける準備をしている。
「どこか出掛けるの?」
「ケーキ屋さん」
「誰と?」
「お父さんと」
あれ?さっき激しい口論をしてたんじゃなかったかしら、確かこの2人。
後から階段を下りてきた主人も自然な流れの中で「行ってくるね」と短く説明したのだった。
どうやらこういうことらしい。
さっきキューリくんがキックボードで出掛けるとゴネた時、とても険悪なムードになった。
けれどその後主人とキューリくんはキューリくんのゴミ置き場のようになっている部屋をお片付けしていたようで、さっきの衝突なんて、もうどうでもよくなってしまった様子。
要するに狭い部屋で対人距離が近いと、お互い快適に過ごしたいわけで、心理学的に『~効果』みたいなものが働いたのかと。
とにかく2人は2人だけの中で解決をしたようで、それは友情というか秘密めいた、私には理解できない心理的なやりとりがあったのだろう。
「いってきまーす」
「行ってきまーす」
キューリくんと主人、2人とも元気に挨拶して玄関を出て行ったのだった。