電車は何のために使用するのだろうか。
そう聞かれれば大抵の人は「長い距離を短時間で移動するために乗る」と答えることだろう。
ところが「電車に乗りたいから乗る」という輩が少数ではあるが存在することも確かなのである。
そう、いわゆる『鉄道オタク』である。
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主人、実はその道では有名な鉄道研究家として活動している。
となればさぞかしキューリくんも英才教育による筋金入りのオタクなのだろう、と思われるかもしれないが、意外と最近まで興味を示さず遅咲きである。
主人はキューリくんの開花が遅くて焦っていたに違いない。
「何か他のことでもいいんだ、興味を持てることがあるなら」
なんて強がりを言ってはいたが、正直なところ一緒に鉄道を楽しみたい、と密かに願っていたのだと思う。
それを証拠に少しでもキューリくんが鉄道に興味を示す素振りを見せようものなら、途端に協力的であり、協力的というか僕とまで化したような姿となり、キューリさまの仰せの通り、なるべくそのサポートに回ろうとする努力する姿が伺える。
今日の鉄道旅行もそうであり、小学校2年生になった今更「寝台車に乗りたい」と騒ぎ出したキューリくんのためにわざわざ有休を使ってまで旅を計画し、決行したという運びである。
こういう時の主人の行動はリニアの如く速い。
随分前から計画を練り、そして超人気の寝台車の券をなんとか手に入れ、旅行の準備を整えていったのであった。
ここで断っておくと、私はこの旅行には参加していない。
それは何故かと問われれば、乗り物が得意でなく酔ってしまうということと、それから私自身はオタクではないので、どうしても男2名との温度差が生じてしまい、雰囲気が白けてしまうだろうと察しがついたからである。
それに寝台は最大2名までしか個室を使用することができず、どうしても1人半端が出てきてしまうという事実。
鉄道旅行というのは奇数人数で行動するには不向きなものなのである。
ところでここまで鉄道旅行という言葉が何度か出てきたかもしれないが、彼らは大好きな鉄道を利用してどこへ出かけたのかといえば、答えは『特にどこにも出かけていない』である。
方面としては山陰地方へ向かったのであるけれど、あくまでもそれは『乗りたい電車がそちらの方向へ行くから』であり、特にそちらの方面に用事があるわけではなかった。
往路は寝台車、復路は特急と新幹線を乗り継いで東京に帰ってくるという、よくよく聞けば地上に降り立っている時間は総旅行時間23時間中たったの1時間だという話であり、一般人の私からすれば二度聞き三度聞きしてしまうような仰天プラン。
そこまで物事を極めているということ。
何の疑いもなく電車こそが自分たちの居場所だと確信し振り落とされまいとしがみつく様。
それを半世紀近く続ける父親と追随する息子。
この先いつかキューリくんは偉大なる父親を追い越し、そして独自のレールを敷いて旅を続けることができるのだろうか。
私は駅のホームでじっと見守っている、そんな心境といったところか。