キューリくんは忘れ物が多い。普段的には筆箱を学校へ置いてきてしまうのが一番多いのだけれど。
制帽を忘れて帰ってくることもあるし(頭がスースーするので気付きそうなものだが)。
制服のジャケットを忘れて途中で気付きまた学校へ戻って取りに帰ったこともあるし。
提出しなければならない大きな封筒に入った書類を、ランドセルに残したまま家に帰ってきたり(ランドセルの中身を覗けば気付きそうなものだけれど)。
とにかく大人が「え?そんなもの忘れるの?」というものを忘れている。
ちなみにキューリくん、発達障害を疑われているので忘れ物が多いかもしれないのだけれど、それにしてもだ。1日1個以上、物でも約束でも忘れてしまうのだ。
ところで昨日のこと。新学期ムードも何となく終わり、授業もチラホラ始まっているというのに教科書を学校へ持っていっていない。キューリくんの学校は教科書類は学校に置いておく方式だ。
その、全ての教科書を一気に全て持って行くのだとどうしても聞かない。
「でも重いんじゃない?」
「大丈夫!持って行ける!!」
「分かった」
ランドセルに入れていく余裕があるか一応確認する。というのもランドセルの中には既にお弁当と水筒が入っているので、どう計算しても余裕などないのだ。
「キューリくん、ランドセルの中には全部は入らないよ。今日授業がある分だけ持っていったら?」
「えーでももうお友だちは全員持ってきてるからさ!」
そんなことはないと思うんだけどね…
「それに手提げバッグは学校にあるしね。困ったね」
「赤いバッグに入れて行けばいいんじゃない?」
「うーん。でもあれは習い事用のバッグだし、もしキューリくんが学校に忘れてきたら、今度は習い事に行けなくなっちゃうんだよ」
「でもどうしても教科書全部学校に持っていきたいんだ!」
「うーん。それじゃ赤いバッグ使ってもいいけど、必ず今日持って帰ってくるって約束できる?」
「できるよ!」
素直な音が玄関に響く。
「分かった。それじゃあ今日無事に持って帰ってくることができたら、カントリーマアムのバニラ味、好きなだけ食べていいよ」
「ほんとお?」
キューリくんの目の表情がくるりと変わる。
「うん。その代わり、忘れてきたら今日のおやつはカントリーマアムのココア味ね」
「ぎゃー」
軽い悲鳴をキューリくんは上げる。
「絶対に持って帰ってこられる?」
「うん!」
元気よく返事するとキューリくんは私から赤いバッグをかっさらい、そして教科書を入れるとすぐに玄関を飛び出して行った。
「きっと忘れて帰ってくるよね」
主人がいう。
「そうね」
私もキューリくんに期待していなかった。
ピンポーン。インターフォンが鳴る。キューリくんのお帰りだ。
「はーい」
モニターを覗くと、背が低いのでおでこの辺りまでしか映っていないキューリくん。
「ぼくでーす」
いつものやりとりだ。いつものやり取りではあるけれど、いつもよりゼーゼー言っているようにモニター越しには聞こえた。
玄関のドアを開ける。
すると豆が弾けたみたいに家の中に入ってきて、玄関に持って帰ってきたものを投げ出した。赤いバッグがあるではないか。
「すごいね。お母さんとのお約束守れたんだね!」
「だってカントリーマアム沢山食べられるんでしょ?そのことばっかり考えていたんだ」
ええ?!そのことばっかり?まあいいか。約束は守ってくれたんだものね。
「キューリくん走って帰ってきたの?」
「そうだよ。バス停から全速力」
「もしかしてカントリーマアムのために?」
「そうだよ。お母さんはやくはやくー」
赤いバッグは玄関に放り投げたまま、キューリくんは手と足を洗いすっかりおやつの体勢に。
確かにね。赤いバッグを持って帰ってきてとはお願いしたけれど、片付けてね、とはお願いしなかった。
まあカントリーマアムのことばかり考えてたっていうくらいだから、片付けは後でいいか。