名医とは

昨日は学校から帰ってくるなり「お母さんに見てもらいたいものがある」とキューリくんが言ってきた。

どうしたもんかと話を聞こうとキューリくんが話しやすいようにかがむ。

「あのね、見て」

そういうとキューリくんが膝と背中に貼られた湿布を指し示す。

「今日、渡辺くんにわざと足を引っかけられて転ばされた」

というではないか。

なんだってー。

「他にも打ったところないの?」

「頭」

大変じゃん、すぐに病院へ行かなければ。

でも転ばされた時の状況がよくわからないので、まずは学校に連絡してみる。学年主任は

「自分で転んだんですよ」

という一点張り。

「渡辺君は足を引っかけたりしていません」

どうもキューリくんの言い分とは随分違っているのだ。

さりとてキューリくんが大げさに言っている可能性はあるけれど、嘘をついているようには思えない。

当時の記憶を滞ることなく流暢に私に伝えてきたからだ。

しかしここで先生とやりあって、その間に万が一キューリくんが手遅れになってしまったら大変なので、先生との話し合いは主人に任せてキューリくんを急いで近所にある脳神経外科へと連れて行く。

その病院は古めかしい建物で、少し入るのに躊躇してしまう雰囲気なのだけれど、そうも言っていられない。迷わず入る。

中は外からみた印象よりずっと広くて、待合室も古いけれど、きれいに整理されていた。

「今日はどうされましたか?」

受付の看護師さんの感じも良かった。

古い建物特有の匂いは気になったけれど、清潔だったし嫌な感じが全くしない。

「頭を打ってしまい、伺いました」

「わかりました、そうしたら待合室で掛けて待っていてくださいね」

待っていてくださいね、と言われてから1時間は経っただろうか。

でもこれは以前別の脳神経外科にかかった時(やはり頭を強打した時)にも同じような待ち時間であったから、おそらく救急で運び込まれない限りは、どこの脳神経外科でもこのような待ち時間を要するものだと思われる。

「キューリくん、お入りください」

私がいつも通っている大学病院とは異なり、看護師さんが直接呼び出してくれる。

キューリくんも私も緊張して診察室へ入る。

中には白髪の、おそらく70代後半の医師が我々を迎えた。

「今日はどうしたんだい」

「学校で頭をぶつけまして」

「学校は早退したのかい?」

「いえ。今日はまだ新学期がはじまったばかりで、通常授業ではないんです」

「そうだったか。ワッハッハッハ」

とても気さくだし、初対面でも心を開きやすい。

「じゃ、キューリくん、ちょっとこれから色々調べるけど、痛いことはしないからな」

「うん」

丸椅子に座らされたキューリくんの背中から声が聞こえた。

先生が小さな石を取り出して、膝の横をポクポクとたたく。

「平気かい?」

「うん」

「右手と左手を肩の高さまで上げてごらん」

「うん」

微かに左手だけ下がってしまう。

「うーん、気になるね」

その後目の動きなどもチェックして、左手のことがあり、CTをやることになった。

結果はあっという間に出た。

「特に今のところ問題はないけど、こんな風な症状が出てきたら、すぐに病院まできてください」

注意事項が書かれた白い紙を渡された。

毎日一緒にいるはずの学年主任は面倒臭いことは適当なことを言って逃げるのだけれど(1年生の時から担当)、この脳神経外科の先生との違いはいったい何なのだろうか。

同じ先生と言われる職業でも、医者と学校の先生では立ち位置が違うから、ということか。

いや、違う。人間力の差だろう。

証拠に、こんなにへんぴなところに病院はあるというのに、待合室は常に人でパンパンだし、ひっきりなしに患者さんの出入りもある。

失礼だけれど、こんな古めかしい病院よりも、もっと新しい施設の若い先生が経営する病院を普通ならば選択するのではなかろうか。

でも皆通ってくる。

それは先生の人柄を信用して通ってきているのだろう、と初診ではあったがこの病院の人気の理由が分かったのだった。

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