「お母さん、ピンポンが聞こえないからラジオ消してくれる?」
毎週楽しみに聴いている番組だというのに、私は半ば強引にラジオの電源を切らされる。
「お母さん、ピンポン来た?」
「まだ来てないよ。夕方くらいに来ると思うよ」
「えー!」
悲鳴に近い声。
キューリくんは前日の夜、アマゾンにてデジタル時計を購入したのであった。
1年生の時から欲しがっていたので、一年越しにようやく叶う、手に入る夢なのだ。
ポチリとボタンを押したのが夜の9時頃だと思うので、商品が到着するのは翌日である、という説明をしたはずなのだけれど。
◇
キューリくん、昨日は朝からずっとそわそわしていて、ついには主人と私も巻き込まれてインターフォンの番をさせられることになる。
「1秒が5分に感じる。なんて時間は過ぎるのが遅いんだろう」
まるでシェイクスピアが書いたセリフのような言い回しで、もどかしさを表現するキューリくん。
とにかく待ち遠しくて仕方がない様子。
「おかしいな。遅いよ。本当はお父さんもお母さんもピンポンを聞き逃しているんじゃないの?」
「聞き逃していないよ。多分、時計が到着するのは夕方か夜だから」
私はもう一度到着予想時間をキューリくんに告げる。
「えー!夜かもしれないの?」
パニック気味になる。
「とにかく、今日は3人も家にいるんだから、誰かが必ずピンポンには気付くから安心して」
人の話を聞いているのか聞いていないのか、再び部屋中を不自然な動きで時間を潰すキューリくん。
こんなに何かを待ちわび、それがために時の重さを感じたということは大人の私はあまりないように思う。
ましてや自分がアマゾンで注文した商品など、だいたいの到着時間は予想できるものだから、なおさらだ。
でもキューリくんは夕方3時半過ぎに商品が到着するまでの間、結局終始落ち着かない様子で過ごしていた。
ずっと憧れていたデジタル時計には違いないのだけれど、大人の私からすれば「そこまでするか」という位、一日の大半を投げ打ってまでも時計を想うことに費やし、またそれを周りの人間にも強要する。
その情熱はいったい、小さな体のどこから湧き上がってくるというのだろう。
◇
「何この時計着けづらい!」
ほら言わんこっちゃない。
購入時、あれだけ注意したのにね。
小さなキューリくんには、小学生用といっても、もうちょっとお兄さんの小学生が対象と思われるこの時計の着脱は、難しいようだった。
「明日は体育があるし、時計をしていくのはやめておきな」
「ええ!やだ!!」
「着脱に時間が掛かっていたら、皆に迷惑かけるよ」
「はいはい、分かりました!」
ブスくれるキューリくん。
そんなこと言っても事実相当悪戦苦闘しているわけで、スマートに時計を脱げないのであれば、おそらく先生にも怒られるだろうし、親切心から言っているまでなのだが。
キューリくんとしてはとにかく、このカッコイイ時計を今すぐにでもクラスメイトに見せびらかしたい、というのが本音なのだろうけれど。
こうしてキューリくんが寝静まった後、主人がキューリくんの目につかない場所へ時計を隠してくれた。
まだ習慣化していないことは、なかったことにしてしまえばキューリくんは気付かず学校へ素直に登校すると考えたからだ。
◇
さて、今朝のキューリくんは、時計のことに気付くのだろうか。
気付いたのならば、大した情熱。
気付かぬのならば、そこまでの情熱。
…き気付いてしまった。