キューリくんが読書をしているところを見たことがない。
でも学校では最近『注文の多い料理店』を借りているようなのだ。
けれどこれはおそらく、学校のお友だちの間で人気がある小説であり、だから『読む』というより『保持する』ことで満足を得ているのではないかと、考えられる。
つまりは端的に言えば読書が苦手なのだと、そういうことである。
そんなキューリくんがここ数日、私に読み聞かせをねだる。絵本から小説から図鑑から漫画まで色々。
私は言われるままに読んであげている。
そしてどうしてこういう風にキューリくんがなってしまったのか、と思い当たることが大いにあるために、キューリくんの気が済むまでやってあげようと、とことん付き合うつもりでいる。
私には持病があり、キューリくんの幼児時代は布団に寝て生活しているか、入院で家を空けているか、の2択であった。
故にキューリくんは幼児時代に受け取るべき母親の愛情がとても不足していると思う。
それが今になって、やっぱり愛情がほしいと思いが噴出してきたのではないか、と考えられるのだ。
また読書嫌いも嫌いなのではなくて、やり方が分からないのかもしれない。
その証拠に図鑑は食い入るように読んでいることがある。
つまり本を開いてページを読み重ねていくという行為は嫌いではなさそうなのだ。
もちろん字だって読める。
後はそれを駆使して文章を読み進める力があるか否かである。
道具は持っているけれど、使い方が分からなくて持て余している状態、とでもいうべきか。
言葉をはじめから読める人間はいないだろう。
みんなママやパパがしゃべっている言葉を音として聞いて、会話することで言葉力が飛躍的に伸び、それからそう、ママから読み聞かせしてもらってさらに語彙が増える、言葉のイントネーションも学ぶ。
そうしてようやく字が書ける、読めるという段階に進むはずだ。
キューリくんの場合は『ママから読み聞かせしてもらう』ということが抜け落ちてしまっているのだ。
実はこの抜け落ちた部分を早く補わなければと、主人も私も頑張った時期があった。遅れを取り戻さなければ、と必死になっていた。
けれどキューリくん本人が興味を示さないので、結局諦めた。そして自然に任せることにした。
国語のテストを持って帰ってくるとメタメタなのは分かっていたけれど、笑って流すことにしていた。
本人にやる気がないと身にならない、ということを遅れを取り戻そうと焦った時期に学んだからだ。
ところがごく最近の動きとして、キューリくんが己の不足を気付いたのか、または幼児時代に甘えられなかった分を取り返そうとしているのか、読み聞かせをねだるようになったのだ。
何れにせよこれは進歩だ。
自分の不足を補おうとできる力。小学校2年生になると、そういう力がつくのかもしれない。