「今日モテた?」
「モテたよモテたモテた」
東京の空の下、アホな親子の会話が響いているわけではない。あくまで確認である。
ワックスを髪につけて2日目。このままでは彼の頭皮がイカレてしまうのではないかと心配する母親と、とにかくモテたい息子の日常である。
それでは詳しく今日の学校でのキューリくんのモテ具合を聞いてみる。
その前にまず、気になったことがあった。
キューリくんの学校には門が2つあるのだけれど、いつも出ない門の方を往復したという通知がメールで来ていたからだ。
キューリくんの学校はランドセルが門を通るときに反応し、それが私たち保護者にメールでお知らせしてくれるのである。
「えーとねー…」
とても言いにくそうにモジモジしている。どういうことなんだ?
「早く帰ってこないと、お母さん心配しちゃうじゃない」
「うん、あのさ。ハナコちゃんを送っていたの」
ハナコちゃん?同じクラスのお人形みたいに可愛い女子である。
「でもハナコちゃん、いつもの門と違う門から帰っていったの?あなたたち、正門じゃない門に一旦出ているじゃない?」
「ああ、それは今日ハナコちゃんが習い事があるからって、いつもと違う門から帰ったんだよ」
「なんでキューリくんも一緒に違う門を出ているの?」
「ハナコちゃんが送ってほしいっていうから、送ったんだよ」
そういう理由でしたか。キューリくんが学校の門を出たり入ったりしている様子がメールで来ていたし、とても心配していたのだ。
でもそれはモテてるとは違うような、何というべきか。難しい女ごころだ。元女子の私にもその行動はよく分からなかった。
私があまりに解せないといった風の顔をしていたのだろうか、キューリくんが話題を変えてくる。
「今日帰りの会でまたほめられちゃった」
「なんて?」
「宮部くんに、キューリくんは今日一日静かに過ごせましたって、2回も言われたよ」
2回も言われたかはあやしいけれど、昨日の帰りの会でも褒められたので、それは2日連続のキューリくんが真面目生活を送っているということなので、私もとてもうれしかった。
というのも、わざわざ担任から手紙で『キューリくんが教科によってはうるさい授業がある』『やる気がない時が多々ある』という指摘を受けていたからだ。
このことを重要視して我々両親は近日、発達外来へキューリ君を連れていく予定をしていたからだ。
「お母さん、明日もワックスつけてね!」
キューリくんはどうやら、ワックスをつけると良い子になれるのだと思ってしまったらしい。
でもそういう私も、そんな風に思い始めている。
ワックスをつけてあげるとキューリくんの何かが、意識が変わり行動を改める様を聞かされていると、明日もつけてあげたくはなる。
それにしてもクラスでも大人しいハナコちゃんと暴れん坊のキューリくんが、仲が良いだなんて一度も聞いたことがないけれど、それもきっとワックスの魔法なのだろうか。