「1階で勉強するのって、何か落ち着かないんだよね」
まるで毎日勉強をしているようなこちらのお方はキューリくん。
「2階の自分の部屋でしよっかな。その方が静かだし」
もうすぐ期末テストなので、勉強をしようと持ち掛けたところ、こんな風にキューリくんが言ってきた。
もちろん毎日など勉強はしていない。むしろ毎日は勉強していない。全然勉強していない。
「でもさ、1人で2階へ行くの、怖いんだよね」
両親とも心でズッコケる。
いよいよキューリくんの精神がもう一段階上がって、『自分の空間を大切にする』という境地に至ったのかと思ったら、それはものの数秒で否定されたのだから。
ただ、ぶってみたかっただけなのだろう。『お兄さんぶる』こういうことだろう。
主人が優しくキューリくんの自尊心を傷つけないように言った。
「それじゃあお父さんも静かなところでお仕事したいから、キューリくんの部屋へ一緒に行ってもいい?」
「いいよ!」
即答だった。
悪かったな、1階は落ち着かなくて。
◇
今流行りのリビング学習をさせていたわけではないけれど、勉強というとダイニングテーブルでやっていたキューリくん。
自分の部屋もあるのだけれど、滅多に寄り付かず、何かほしいオモチャを取りに行く時でさえも、誰かが一緒に着いて行かなければならないほど、とても他人行儀な関係であった。
それなのに今朝突然自分の居場所だと主張し、そこで缶詰になって勉強をしている(父親が一緒ではあるが)。
人の心の変化、成長というのは、こんなにも突然訪れるものなのだろうか。
いや、おそらくは徐々に温められてきたものが、突如表出したように見えただけなのだろう。
キューリくんの場合、つい先日部屋の片づけをした辺りから、『ここは自分の部屋』という自覚が芽生えたように思う。
いつも学校から帰ってくると、ランドセルの中身を出して、ランドセルを置く場所へ持ってい行く、という約束があるのだけれど、ポイと床に投げて何となくの場所に置いていただけであった。定まった場所がなかった。
故にその日の気分でポイポイと、見た目が汚かろうが通路の邪魔になろうが、そのままであった。
ところが棚を買い、しまう場所はここだという風に定まったら、本人もその秩序を崩したくないらしく、同じ場所、同じ角度でしまえるようになったのである。
このこともまた、大躍進のように見えるけれど、やはり自分の中で温めてきたものなのかもしれない。
キレイに片付けたい。
片付け方が分からない。
でも彼は混沌とした中でもリハーサルを繰り返し、そうしてやり遂げたのだろう。
毎日同じところへ収納できるようになった。
◇
一つ一つその子の行動を丁寧に観察する意味。
それはいくつもの例からパターンめいたものを発見することであり、パターンを発見できればそれに沿って対応できるのである。
だがしかし、変化球のようなものもあり、面喰うこともある。
「お母さーん、お腹空いた。アイス食べたい」
さっき勉強をやる気になって父親と一緒に2階の自室に籠ったのではないのか?