階段を上る

「1階で勉強するのって、何か落ち着かないんだよね」

まるで毎日勉強をしているようなこちらのお方はキューリくん。

「2階の自分の部屋でしよっかな。その方が静かだし」

もうすぐ期末テストなので、勉強をしようと持ち掛けたところ、こんな風にキューリくんが言ってきた。

もちろん毎日など勉強はしていない。むしろ毎日は勉強していない。全然勉強していない。

「でもさ、1人で2階へ行くの、怖いんだよね」

両親とも心でズッコケる。

いよいよキューリくんの精神がもう一段階上がって、『自分の空間を大切にする』という境地に至ったのかと思ったら、それはものの数秒で否定されたのだから。

ただ、ぶってみたかっただけなのだろう。『お兄さんぶる』こういうことだろう。

主人が優しくキューリくんの自尊心を傷つけないように言った。

「それじゃあお父さんも静かなところでお仕事したいから、キューリくんの部屋へ一緒に行ってもいい?」

「いいよ!」

即答だった。

悪かったな、1階は落ち着かなくて。

今流行りのリビング学習をさせていたわけではないけれど、勉強というとダイニングテーブルでやっていたキューリくん。

自分の部屋もあるのだけれど、滅多に寄り付かず、何かほしいオモチャを取りに行く時でさえも、誰かが一緒に着いて行かなければならないほど、とても他人行儀な関係であった。

それなのに今朝突然自分の居場所だと主張し、そこで缶詰になって勉強をしている(父親が一緒ではあるが)。

人の心の変化、成長というのは、こんなにも突然訪れるものなのだろうか。

いや、おそらくは徐々に温められてきたものが、突如表出したように見えただけなのだろう。

キューリくんの場合、つい先日部屋の片づけをした辺りから、『ここは自分の部屋』という自覚が芽生えたように思う。

いつも学校から帰ってくると、ランドセルの中身を出して、ランドセルを置く場所へ持ってい行く、という約束があるのだけれど、ポイと床に投げて何となくの場所に置いていただけであった。定まった場所がなかった。

故にその日の気分でポイポイと、見た目が汚かろうが通路の邪魔になろうが、そのままであった。

ところが棚を買い、しまう場所はここだという風に定まったら、本人もその秩序を崩したくないらしく、同じ場所、同じ角度でしまえるようになったのである。

このこともまた、大躍進のように見えるけれど、やはり自分の中で温めてきたものなのかもしれない。

キレイに片付けたい。

片付け方が分からない。

でも彼は混沌とした中でもリハーサルを繰り返し、そうしてやり遂げたのだろう。

毎日同じところへ収納できるようになった。

一つ一つその子の行動を丁寧に観察する意味。

それはいくつもの例からパターンめいたものを発見することであり、パターンを発見できればそれに沿って対応できるのである。

だがしかし、変化球のようなものもあり、面喰うこともある。

「お母さーん、お腹空いた。アイス食べたい」

さっき勉強をやる気になって父親と一緒に2階の自室に籠ったのではないのか?

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