昨日は習い事が4時からだというのに5時からだとすっかり勘違いして、その分の1時間をダラダラと過ごしていた私。2時半頃にようやく気付きバタバタと身支度をし、キューリくんの手を掴み急いでバス停へ。
我が家は最寄り駅から少し離れているので、バスか自転車を利用しなければ駅まで出られないのだ。
早足でバス停に向かう。ところがバスは遅れていて、定刻通りにやって来ない。さてどうしたことか、道路工事でもやっているのだろうか。
キューリくんはといえば、バス停にあるベンチに神妙な面持ちで座っている。彼なりのリラックス方法なのかもしれない。今日は彼がいつも緊張してしまう水泳だからだ。
バスは4分遅れて到着した。キューリくんは定期券をカードリーダーにかざすと、急いで自分のお目当ての席を探し、そそくさと座る。とはいってもバスには私たち以外にはあと数名しか乗っていなくて、席は選び放題だった。
息を切らせ気味に二人席を選ぶと、「お母さん、窓側の席どうぞ」と誘ってくれた。いつもはキューリくん自身が景色を見たいがために当然のように窓側に座っているので、今日に限っては私に景色を譲ってくれるというのか。
「いいよいいよ。お母さんは通路側が好きだから」
「えーそうなの?じゃあ僕が窓側ね」
そんなささやかな会話を交わしているうちに、バスは出発する。ところが駅へと向かういつもの道は、なかなか進まなかった。私は焦った。このままで、4時のスイミングに着くのだろうか。
キューリ君と私が乗り込んだ停留所から3番目の停留所を過ぎた頃だろうか。
「お母さん、このバス臭い」
「キューリくん気持ち悪いの?」
「そうじゃないけど、臭くて」
私はここまで来たのだから、頑張ってあと10分乗り駅まで我慢してもらいたかったけれど、バスの中で吐いたりしてしまったら大変なことになると思った。
「キューリくん、気持ち悪い?」
「うん」
「じゃあ、次の停留所で降りよう」
全く予定外のところでバスのボタンを押すことになった。
二人して停留所で降ろしてもらう。
するとここに道路渋滞の原因があったようで、ババババと車の流れを止めてまで、何かを工事していたのだ。
「キューリくん、ここで工事していたからバスが遅れていたんだね」
「そうだね!」
あまり意味が分かっていないだろうと思われる返答。
とその時、すごいスピードで一台の車が交差点に進入し、角もあまりスピードを落とさず走り去っていった。
「お母さん、今暴走族がいたよ!」
大きな声で興奮気味に教えてくれるキューリくん。
私は1年生のキューリくんが『暴走族』という単語を知っていることに驚くと同時に、つい数分前までバスの中で気持ち悪がっていたのは何なんだ?と中途半端な場所で降ろされてしまったこともあり、小さな怒りをおぼえていた。
キューリくんはそれを察知したかのように私の手に絡みついてきて、甘えた声で色々話しかけてくる。サボりなんじゃないの?という気持ちが膨らんでいった。でも、もしかしたら精神的にプレッシャーがかかってしまったのかもしれないし、と考え方を切り替えることにする。
「キューリくん、ここから20分くらい歩くと、タリーズがあるんだけど、お茶でもして行く?」
うんうんうん、と激しく首を振ってから「疲れたしそうしよう!」とウキウキ気分になる。足取りもスキップ気味だ。
仕方ないかと手を繋ぎ、タイルで舗装された道をキューリくんと私はタリーズへと向かった。
「お母さん、僕は灰色以外を踏んだら負けね」
灰色というのはこういうことだ。灰色と赤とクリーム色のタイルが道には敷き詰められているので、その中の灰色だけは踏んで良いという、小学生らしい彼独自のルールだ。
灰色伝いにピョンピョンと飛び歩くキューリくんの手を放し、自分たち以外は誰も歩いていない道を歩く。近くに桜が見えた。
「見て、キューリくん、桜だ」
「ほんとだ。僕、桜好きだよ」
「どうして?」
「だって赤と白を混ぜたら、ああいう色になるんだもん」
なるほどね。おそらくキューリくんは美術の時間に使う絵具で、赤と白を混ぜた経験があるんだろう。
「あっタリーズ見えてきたね!」
花びらの雨に降られながら、キューリくんは駆け出していった。