「お母さん。首にあせもができているみたいだから、ベビーパウダーやって」
いや、ベビーパウダーとはあせもを治すものではなくて、防ぐものなのだけどね、キューリくん。
夏。
今年の夏は例年よりずっと梅雨明けが早く、『もう夏』である。
日光過敏の私からすると地獄の日々であるけれど、キューリくんにとっては今年のように特別早い夏は、大歓迎であるのだろう。
あっちへ連れてけこっちへ出かけたい、毎晩かき氷のデザートにシロップをかけすぎて大騒ぎになる、いつもキューリくんの体がどことなく湿っている。などなど。
我が家の風物詩、我が家の季語である。
◇
夏休みというのが一般的に子どものためにあるということは頭ではわかる。
ところが私の場合、あまり幸せな家に育ったわけではないので、そういう扱いを受けてこなかった。
だからその経験を反面教師にして、キューリくんには思い切り夏を楽しんでもらえばいいじゃないか、ということになるわけだけれど。
どうもそううまくは行かない。
楽しんだ経験がないだけに、どうやって楽しませればいいのか、というのが分からないのだ。
一方主人はというと、一般家庭に育ち、どちらかといえば両親が色々な場所へ旅行へ連れて行ってくれたようなので、夏の楽しみ方というのを知っているはずなのだけれど。
暑さのためかあまり動こうとしない。元々は体が丈夫でない、ということも影響しているのかもしれない。
明らかに体力を奪われる夏に対して身構えており、なるべく消耗しないような動きをしているように思われる。
こうした軟弱両親から生まれたキューリくんなのであるけれど、ADHDという以外は彼自身は至って心も体も健康であり、小学校2年生らしい冒険心やら感動やら体力を持っているのだろう。
ものすごくパワフルである。
そこで昨日は期末テスト期間中だというのに、主人がキューリくんの有り余る体力を外へ逃がしてあげようと、近所の釣り堀へと誘い、連れて行ってくれた。
申し訳ないがこのギラついた炎天下、できることならば外出は避けたほうが良い私なので、主人にまるっきりお任せすることにする。
以降3時間、私は涼しいクーラーの効いた部屋で寝そべり、キューリくんと主人は炎天下の中お魚釣りを楽しんだようだった(多分楽しいのはキューリくんだけ)。
◇
「ただいまー!」
帰ってくるとまっさきに私の寝ている場所へキューリくんがやってきた。
「今日9匹も釣ったんだよ!」
「お父さんはたったの2匹だよ!」
「大きいのも釣ったんだよ!」
矢継ぎ早に言葉を繰り出すキューリくん。
「あっそうだ。お菓子食べよう」
白々しく会話を止め、お菓子とやらをうやうやしく取り出してくるキューリくん。
このお菓子とは駄菓子の詰め合わせであり、ここの釣り堀ならではの、毎回子どもにだけは貰えるものだ。いわば戦利品である。
「お母さんも食べる?」
誘ってくれた。
去年の夏だったら1つだって分けてくれなかったのに。