キューリくん、ヘアワックスをつける

昨日の朝登校前、キューリくんは床に突っ伏して明らかに沈んでいるポーズをしていた。

そう、ヘアワックスは中学生になってからつけていってもいいけれど、小学生の内はダメだ。そう言われたことがショックだったようだ。

今時小学生というものはもしかして小学校2年生でも整髪料を使っているのかもしれない。

けれど地肌や毛穴への負担、ひいては将来の毛髪量のことを考えると、なるべく刺激が少ない方が良いに決まっているし、禁止をしたのだった。

ところがその落ち込みといったら。

お試しでつけてやるか。

そうしてワックスを髪につけるとは意外と不快なのだということを知ってもらおうと考えた。

その不快を自ら体感することで「面倒くさいなー」だとか「ネチャネチャして気持ち悪いんだなー」という気持ちになってもらえばいいと思った。

カンカンカン。ワックスの入った箱の缶を楽器に見立ててリズムを取ってみせる。

床に寝転がるキューリくん無反応。仕方なく声を掛けた。

「ほらキューリくん、ワックスつけてあげるからいらっしゃい」

キューリくん、瞳孔が開いた猫のような顔をしてこちらに振り返る。声にならない上ずりのような、うめきのような声を出す。

早速洗面所へ2人して向かう。

私もいつもワックスを使っているわけではないので、適量が分からなくて「こんなものか」と缶からすくう。

真剣に鏡を見守るキューリくん。もちろん私も真剣だった。失敗してしまったら、髪を洗いなおして学校は遅刻することになってしまう。

前髪に馴染ませ、それを全体的に何となく行き渡らせる。

キューリくんから全幅の信頼を寄せられることが伝わってきた。頑張って髪形を完成させなければ。

こんなもんかな、というところでやめておいた。経験上、あまりこねくり回すと髪形が感じよく完成しないので、未完成気味のところで完成と見なした。

キューリくん、髪形をマジマジと眺めるのかな、と思っていたけれど、意外にもすぐに洗面所を後にした。

おでこを出して、きりっとした未知の自分に出会い、それが自分と受け入れられなかったのかもしれない。

けれど口角が不敵に上がっているように見えたので、満足であったことには変わりなさそうだ。

髪形を崩したくないのか、制帽は手に持ち、登校して行った。

さて学校から帰ってきた時、私は早速聞いてみる。

「ワックスをやっていってどうだった?モテた?」

「モテたよ。めっちゃモテた!」

「女の子に告白されたりしたの?」

「そういうのはないけど、モテてるって感じはした」

「そうなんだ」

「そう。もしかしたらモテてないのかもしれないけど、モテた気分の1日だったよ」

なるほど。モテてなかったのかもしれないけれど、ワックスというオシャレで武装をすることによって、いつも以上の自分を発揮できるのならばワックスも悪くない。

「それじゃあ、今日はしっかりワックスを落とすために、大人用のシャンプーで頭を洗うね」

「うん。しっかりワックスをシャンプーで落とすから、そうしたらまた明日もワックスつけて行けるね!」

ワックスをつけていけばカッコよくなる、可愛くなる。こういう感情は中学生以降に芽生えてくるものだと勝手に思っていたのだけれど、昨今必ずしもそういうわけではなさそうだ。

私が子どもの頃とは明らかに囲まれている環境が違うし、そうなると私が2年生だった時よりも、心が早熟に育って行くのかもしれない。私が思い描く2年生像というのは、幼すぎるのかもしれない。

キューリくんの頭を洗いながら、オーガニック系のワックスを購入しなければ、と頭で計算している母であった。

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